日々の記録

生後8カ月でお迎えした柴犬なつめと暮らしています。アイコンは先代柴犬よもぎ(2007~2022)です。

祖母と『笑っていいとも!』観覧

今年から始まった『ぽかぽか』が『笑っていいとも!』に似ている、というネットニュースを読んだ。

例えば、毎日ゲストを呼んでトークしたり、そのゲストがチャレンジをしたり。司会の3人が面白い視点で話を聞いていくので、気になるゲストのときは録画して見ている。

その記事を見て、昔一度だけ『いいとも』に観覧に行ったことを思いだした。というか、後にも先にもスタジオ観覧したのはこのときだけだ。

 

あれは20歳のとき。母からの電話で「ばあちゃんが『いいとも見てみたい』と言ってる」と聞いた。

話しぶりからは「いつかハワイに行きたいな」くらいの熱量に感じたが、本当に行けたら喜んでくれそう。早速応募方法を調べ、郵便局へ往復はがきを買いに行き、必要事項を記入し、ポストに投函した。

こういう作業、普段ならなかなか腰が上がらないのだが、ばあちゃんのためならフットワークも軽くなった。

 

父方の祖父母は私が生まれる前に亡くなっていて、私にとってのじいちゃん、ばあちゃんは母方の祖父母だけ。同居はしていなかったが、車で20分ほどの距離だったので、よく会い、かわいがってもらっていた。そのじいちゃんも、私が中学生のときに亡くなり、大学生のときにはばあちゃんだけとなっていた。

でもそのばあちゃん、じいちゃんが亡くなってますますアクティブになった。じいちゃんが亡くなった当時60代後半だったばあちゃん。ペーパードライバーだったので、教習所で講習を受け、車を購入し、自分であちこち出かけるようになった。私の家にもよくふらっと遊びに来てくれた。

小柄で細い身体なのにパワフルで、着るものにものすごく気を遣うおしゃれなばあちゃんを、とてもかっこいいと思っていた。

 

はがきを送ってしばらく経ったある日。返信用はがきが届いていた。なんと当選。

早速母に連絡。私と母とばあちゃんで観覧することになった。

 

12月の木曜日。確か10時集合だった。新宿アルタ前に行くと、列ができていたので最後尾につく。並んでしばらく待っていると、当選はがきをスタッフの方がチェックしに来た。はがきを見せて、この3人ということを伝える。すると、別のスタッフのところに行き、何か告げている。

このはがき、違うのだろうか。ばあちゃんを連れてきたのにもし入れなかったら・・・とドキドキしながら待っていると、「こちらへどうぞ」と案内された。

言われるがままにエレベーターに乗り、7階へ。「しばらくこちらでお待ちください」と言うと、その方はどこかへ飛んで行った。私、母、ばあちゃんと並んで長いすに腰かけた。

そこはいいともの楽屋だとすぐに分かった。スタッフがせわしなく動き回っていて緊張感が伝わってくる。初めて見る世界に固まってしまい、ばあちゃんのことを気にする余裕もなかった。母をはさんだ向こう側で、ばあちゃんの目には何が映り、どんなことを感じていたのだろう。

木曜レギュラー出演者の一人が目の前で、「よろしくおねがいしまーす」とスタッフの方たちに声をかけている。横にいた母に「顔ちっちゃ!」と耳打ちしたことを覚えている。

しばらくすると、ぞろぞろと人が流れてきた。どうやら観覧者は、スタジオのある7階まで階段で登ってこなければならなかったようだ。それを70過ぎたばあちゃんがいたために、スタッフの方が配慮してエレベーターに乗せてくれたようだ。

 

放送後も合わせて、観覧は約1時間半。あっという間だった。

帰り道。ばあちゃんは「おかげさんで『いいとも』も観られたし、もういつでもあの世にいける」と、いかにも年寄りが言いそうな縁起でもない表現で、私を労ってくれた。

 

後日「『いいとも』の観覧に行った」ということだけを大学の友人に話した。だけど、楽屋に入れてもらい、優遇してもらったことは言わなかった。ばあちゃんとの特別な思い出。他の人には秘密にしておきたかった。

そんな話をしなくても場は十分盛り上がり、「えーいいなー。私も行きたい。ねえ、みんなで行こうよ」とひとりが言い、友達数人で何回か応募した。

しかし、毎回だれも当選することはなく、とうとうみんなで行くことはできなかった。

 

あの当選は、ばあちゃんが引き寄せてくれたものだったのかもしれない。